12月6日に放送された NHK スペシャル「あなたは死刑を言い渡せますか ~ドキュメント裁判員法廷~」を見ました。
NHK が可能な限りリアルに作り上げた模擬裁判
来年 5月から行われる裁判員制度をシミュレートするもので、一般の市民 ((といっても NHK 視聴者からランダムに選んだと思いますが)) から無作為抽出した裁判員を集めて、3日間に渡って刑事事件の模擬裁判を行うというもの。裁判官は元裁判官、容疑者は役者を雇い、実際の法廷を模したセットのようです。
事件は強盗殺人事件で、被告が元勤務していた町工場に金品を奪おうとして侵入したところ、町工場の社長夫妻に順次発見されて刺し、それが致命傷となって夫婦とも死に至ったというものです。2名を殺人して、法定刑は死刑または無期懲役。妻に対する殺意は認めているが、最初に見つかった社長についてはもみ合いになってナイフが刺さっただけで、殺意は認めないというのが争点です。
裁判員の意見がくつがえっていく流れが興味深い
興味深いのはやはり、当初「殺意があった」とする裁判員 2名、「殺意はなかった」とする裁判員 4名という比率だったにも関わらず、4人の意見がくつがえっていき、全員「殺意あり」と認め、最終的に評決の段階で死刑 7: 無期懲役 2 ((裁判官含む 9人)) で死刑となったこと。
殺意については何種類かありますが、番組では、未必の故意 (相手が死ぬなら死んでもかまわない、と思った) の有無を議論していたように思います。 ((法律用語の言い換えについては日弁連サイトを参照しました)) 最終的に、致命傷の位置が足を刺したと言えども、体の中心部に近いことや、幅 7cm x 傷の深さが 8.5cm であることを検証して、やっぱり殺意はある、と認めた、という流れになっています。
でも、これだとキズのサイズが大きければ殺意ありなのか、という疑問だけが残って不完全燃焼ですね。
ディスカッションは要らないから模擬裁判を長く見せてほしかった
元裁判官 3人が犯行の結果を重く見て死刑と考えているので、この傷の状態は決定的な証拠なんだと思いますが、時間の都合とはいえ、証拠や証言で判断するというなら、もう少し長い尺の番組で見たかった気がします。
ナイフがどんな経緯で犯行現場にあったのか。骨のない場所からナイフが刺さって、お尻の骨に至るまでの傷をつけることが、実際どれくらい労力のかかることなのか。社長はなぜ座布団を盾代わりに使っていたと言えるのか。情状酌量の面では、かつてそこで働いていたというなら、どんな理由で雇用契約が終了したのか。町工場と社長夫人と被告との人間関係はどうだったのか。社長の妻の殺意は認めているが、では客観的に被告がその日、町工場に強盗に入ったと考えられる証拠は何だったのか。
私がきちんと見ていないだけかもしれませんが、どんな経緯でそのような結論に達したのか疑問は色々あります。
正直、後半の生中継のディスカッションはあの内容ならどうでもいいとさえ思いました。模擬裁判の番組だけで十分、視聴者を釘付けにし、思いものを残すパワーはあったと思うので、早稲田大学教授への裁判員制度の意図に関するインタビュー 3分だけで終了にして、その分、裁判の過程を説明してほしかったところです。あえて「え~これ無期懲役じゃなくて死刑になっちゃうの? そんな決定に参加しなくちゃいけない裁判員制度はイヤだ!」といったブログを大量に書かせて、世論を盛り上げたい意図も多分にあるでしょうけどね (それこそ番組制作側の “故意” だったりして 🙂 )。
裁判員の心のケアと対策は可能なのか
個人的にはこの模擬裁判を見た後でも、やはり裁判には参加したいと思います。
しかし刑事裁判である以上、血なまぐさい証拠写真を見なければならない確率は高いのは確かでしょう。問題が異なるといえばそれまでながら、携帯電話からの Web ブラウジングは過剰なまでにフィルタリングされているのに、裁判員に選定されたらグロ写真を見ないといけないのか、というアンバランスさも感じますし、それによって裁判員が何の落ち度もないのに、PTSD になってしまうかもしれない点は、裁判の進め方に工夫 ((参考: 裁判員制度 Q&A – 死体の写真なども見なければならないのですか。)) してほしいところです。
もっとも、抽象的な図で示したもので正しい結論が下せるわけでもないでしょうし、であればなぜ裁判員制度開始時に裁判員が参加するのが民事裁判でなく刑事なのか、という根本的な疑問はやはり残ります。
はじめまして。
08年10月29日に東京商工会議所と最高裁の共催による裁判員制度の説明会が開催されましたので、参加して質問を行い、最高裁判事殿に、下記の回答をいただきました。
①裁判員へのメンタルケアや、職務が原因で生じた損害の補償については非常勤の国家公務員として扱う。(これは公になっていますね)
②裁判員を務めたことと、損害発生との因果関係の立証責任は裁判員が負う。(これも止むなし?)
③ ①の事態が発生した場合に②の責任まで裁判員に負わされるのであれば、損害発生は「可能性」の問題とはいえ、そこまでのリスクを負担できないので、裁判員就任を辞退したいという申し出を行った人に対しては、過料を科すことなく、辞退を認める。
この③は、説明会が終わった後に、私が①②の質問をしたので大手新聞の法務担当記者の方が関心を持ってくれて、取材を受けている時に、わざわざ判事殿が出向いてきてくれたので、私が改めて質問したところ、3名の記者がメモを取っている中で回答をしてくださいました。
画期的な見解だと思います。(ただ、説明会自体が、全くどのマスコミにも取り上げられませんでしたので、当然この質問と回答についても記事にはなっていません。・・・残念)