裁判員「だった人たち」が、判決後、記者会見されるというのも異様でしたが、その記者会見でさいたま地裁の職員に発言を制止されるという出来事がありました。ここだけ読むと、司法側が都合の悪い発言をさえぎって、マスコミがそれに反発して記事を書いた図に思えますが、果たしてそうなのでしょうか。

産経新聞では次のように報じています。

【裁判員2例目】守秘義務に抵触? 会見で地裁が発言制止

回答の制止は、判決言い渡し後に田村真裁判長が三宅茂之被告(35)に「十分やり直しが効く年齢」などと説諭した場面に関し、記者が「これは裁判員のみなさんの言葉を代弁したものなのか」と質問した場面で起きた。 3人の裁判員が答えた後、4人目の裁判員が部屋の後ろに控えていた地裁職員に「言っていいですか」と尋ねると、職員が首を振って制止。この裁判員は質問には答えなかった。 地裁は制止の理由について、「評議の内容と、裁判員が裁判長(の見解)に賛成したか、反対したかを答えてしまう可能性があり、それは守秘義務に抵触する可能性があったと判断した」と見解を述べている。

守秘義務の対象になるものは何と何か

そもそも何が守秘義務に抵触するんでしたっけ、ということで裁判員制度 Q&A に書いてあることをピックアップすると、

話してもよい

話してはいけない (守秘義務に抵触)

発言があった部屋の違い、といったところでしょうか、強引に分けると。法廷で見聞きできる内容は、傍聴に来ている一般の人と同じのため話しても良いが、非公開の評議室で行われる評議内容は NG。

「聞いた者勝ち」裁判員自身に不利な裁判員法

記者が守秘義務をどういう風に解釈していたか知りませんが、「裁判員のみなさんの言葉を代弁したものなのか」という質問を、裁判員一人一人に投げかけるのは、グレーと言わざるを得ません。

「みなさんの…」と総意を聞いているように見えますが、一人ずつ狙い撃ちすれば、その裁判員の意見が反映されているか、あまり反映されていないのかが分かってしまい、6人分集めれば「裁判員がどのような意見を述べたか」「意見を支持した意見の数」が分かってしまうからです。

裁判員には,守秘義務が課されると聞いていますが,他人から事件に関する情報を尋ねられたりすると,守秘義務を守れるか不安なのですが。

判決宣告後も,評議の秘密や,法廷で明らかにされていない関係者のプライバシーなど,裁判員が話してはいけない事柄,つまり守秘義務の対象となる事柄を尋ねるために裁判員に接触することは許されません

なので、守秘義務が裁判員の側にあるのはもちろん、第三者である記者が聞くのも禁止されているわけです。ただし、裁判員法によると、

第百八条  裁判員又は補充裁判員が、評議の秘密その他の職務上知り得た秘密を漏らしたときは、六月以下の懲役又は五十万円以下の罰金に処する。

ということは、

  • 守秘義務に違反した裁判員には、罰則規定があるうえに顔まで報道されると。
  • 裁判員に守秘義務の対象となることを訪ねたほう (この場合、記者) には罰則規定が見あたりません。記者が誰だったかまではカメラに写らず、匿名掲示板で本名隠して質問するのと大差ないような気がします。

実質的に突撃して聞いた者勝ちになり、あまりフェアな法律とは言えません。

くだんの記者は、裁判員の「民意」を反映した判決なのかどうか、透明性を問題にしたいのであれば、もう少し裁判員経験者の数が増えたところでアンケートを取り、統計的な見せ方をするべきだったでしょう。

日本で守秘義務は無くすべきか?

アメリカの陪審員制度には守秘義務がありません。いかにも US らしいとも言えます。

知る権利からすると、日本の裁判員制度からも守秘義務を無くした方がいいんじゃないか – という意見も多いようです。記者会見で、裁判員一人一人に「守秘義務を守れますか」と、そんなことを聞いてどうするんだという質問をしていますが、陰には守秘義務の問題をあぶり出そうとしている狙いがあるのかもしれません。

しかし、他国は他国。日本においては、評議の内容は明らかにすべきではないと思います。

裁判員一人一人の意見を、本人が言わなくても、同席した裁判員がうっかり漏らしてしまえば、被告側から報復される可能性が高まります。評議室というファイアーウォールの存在は、個人主義になりきれない日本での裁判員制度運用では、ぎりぎりのプライバシー保護といえるかもしれません。